「不安なく、自分らしくプレーできる場所をつくるために──」
三枝美沙、影からチームを整える心と技術
聞き手:スタッフ・青木 / 話し手:三枝美沙(Misa Saegusa)トレーナー

選手たちが安心してプレーするために、見えない場所から支える人がいる。
怪我のケアはもちろん、リハビリ、テーピング、栄養指導まで、日々の体と心に寄り添い続ける存在。
そのひとつひとつの積み重ねが、選手の「いま」を支え、「未来」へとつないでいます。
理学療法士・栄養士の資格を持ち、チームを内側から整えるアスレティックトレーナー・三枝美沙。
今回は、そんな彼女が大切にしている“選手との向き合い方”について、じっくりとお話を伺いました。
■きっかけは、高校時代の“ある一言”から
青木:美沙さんがアスレティックトレーナーを志した原点について教えてください。
三枝:はい。きっかけは高校2年のときです。バスケ部の先輩が足首をひどく捻挫してしまって、大事な大会を目前に控えていたのに、満足に練習もできず……。そのとき「せめて、誰かそばにいてくれるだけで違うんだけどな」って、ぽつりと漏らしたのを今でも覚えています。
その言葉がずっと心に残っていて、“怪我をケアできる人になりたい”と思うようになりました。誰かの不安や痛みをそばで和らげることができたら、その人の「次の一歩」を後押しできるのではないか。そう思ったんです。
青木:そのひとことで人生の方向が決まるって、すごいことですよね。
三枝:そうですね。自分自身が怪我をした経験は少なかったんですが、あのとき感じた「無力感」が、きっと心に残っていたんだと思います。誰かの痛みに対して、何もできないもどかしさ。それがずっと引っかかっていたんでしょうね。
大学では理学療法学科を専攻して、在学中に栄養士の資格も取りました。スポーツって、「鍛える」ことも大事ですけど、「整える」ことの方がもっと大事かもしれないと思うようになって。どんなに能力があっても、怪我をしたらその力は発揮できない。だから、怪我をしにくい体をつくる、怪我をしても戻れる仕組みを持っておく、そういう視点で学び続けてきました。
青木:それが、今の「支える仕事」につながっていったんですね。
三枝:はい。大学の病院実習で、スポーツ外傷を専門にしている理学療法士の先生と出会ったことが、大きな転機でした。その先生が、患者さんのことを「選手」と呼んでいたんです。ただ治すのではなく、競技に戻すことを前提として関わる姿に、すごく衝撃を受けました。
そこから、「私も現場に立ちたい」と思うようになりました。選手の隣で、笑ったり、悩んだり、支えたりできる存在に。理学療法士や栄養士という肩書きの前に、「信頼できる人」でありたい、という気持ちが大きくなっていった気がします。

■一人ひとりの「心のコンディション」にも寄り添いたい
青木:では、実際に今どんなお仕事をされているのか、具体的に教えてください。
三枝:はい。現在は主に、選手の怪我対応、リハビリメニューの作成、日々のトレーニングサポート、そして試合や練習時のテーピング、物理療法などを行っています。私たちの仕事は、表に見える部分だけではなく、その前後の“見えない時間”の積み重ねで成り立っているんです。
加えて、選手の栄養管理や食事相談にも対応しています。筋力を維持・向上させるための食事のバランスや、減量期・増量期の調整、プロテインの摂取タイミングなど、ひとりひとりに合わせて丁寧にアドバイスするようにしています。
また、チームの広報的な役割も少しだけ担っていて、SNS用の写真撮影や選手のコメントまとめ、試合後のメディア対応のサポートなどもしています。選手たちの“素の表情”を引き出せるのは、普段から近くにいる私たちだからこそできることかもしれません。
青木:お話を聞いていると、体のケアだけでなく、心のケアもすごく意識されているのが伝わってきますね。
三枝:そうなんです。リハビリ中の選手って、どうしても気持ちが沈んでしまうことが多いので、「体」だけじゃなく「心」の状態にも敏感でありたいと思っています。例えば、同じ動きが昨日よりスムーズにできた時に「今の、いい感じだったね」と声をかけるだけで、パッと表情が変わることがあるんです。
また、焦りすぎてしまう選手には「今日はここまでで十分だよ」「ちゃんと前に進んでるよ」と、進んでいる事実に目を向けさせてあげるようにしています。リハビリって“自分と向き合う時間”でもあるので、私たちスタッフはその隣にそっと立ち続けているような感覚ですね。
青木:すごく寄り添って支えているのが伝わってきます。そういった丁寧な声かけやサポートが、選手のモチベーションにもつながっているんですね。
三枝:はい。ときどき「昨日と何が違うの?」と聞かれることもあるんですが、小さな変化を見逃さずに伝えてあげるのがすごく大事なんです。「痛みが出なかった回数が少し増えた」とか、「ジャンプのフォームが安定してきた」とか。選手自身が気づいていない良い変化を、代わりに見つけてあげること。それがトレーナーの役割でもあると思っています。
青木:選手にとっては、自分のことをちゃんと“見ていてくれる存在”がいるって、ものすごく大きな支えになりそうですね。
三枝:そうであったら嬉しいですね。トレーナーって目立つ仕事ではないですが、選手の一番近くで支えられる、すごくやりがいのある仕事です。
■ グリフィンズに来て、人生が変わった
青木:実際にグリフィンズの一員として活動してみて、どんな変化を感じましたか?
三枝:本当に、たくさんのことを学ばせてもらっています。グリフィンズに来てからは、自分の知識や技術だけじゃなく、「人としてどうあるべきか」みたいな部分まで問われるようになった気がします。
選手たちは本当にまっすぐで、努力家で、でもとても繊細でもあるんです。調子が悪いときでも後輩に声をかけたり、自主練を続けたり、何かしら「いま自分にできることは何か?」を考えて行動している。その姿に日々刺激を受けていますし、自分も負けていられないなと思わされます。
青木:スタッフとしてではなく、一人の人間としての在り方まで影響を受けている感じなんですね。
三枝:そうなんです。あと、スタッフ同士の連携もすごく強いなと感じています。たとえば、ある選手がちょっとした違和感を訴えたとき、練習後にすぐコーチから「さっきの動き気になってたんだけど」と声がかかる。誰か一人が気づいて終わるのではなく、チーム全体で支える意識が徹底されているんです。
私自身も、現場で感じた小さな違和感をすぐにシェアするようにしています。それが大きな怪我の予防につながったこともありましたし、「些細なことでも口にしていいんだ」と選手に感じてもらうきっかけにもなると思うので。
青木:そうやってチーム全体で支える文化があるのって、素敵ですね。何か、特に印象に残っているエピソードはありますか?
三枝:たくさんあるのですが、ひとつ挙げるなら、ある選手の長期離脱からの復帰です。その選手は膝の手術をして、半年以上コートに立てない時期が続きました。でも、どんなに苦しいときも練習場に顔を出して、後輩に声をかけたり、自分にできるトレーニングを続けたり、常に前を向いていたんです。
リハビリも毎日欠かさず取り組んでいて、私としても全力でサポートしていたんですが……復帰戦の直前、「不安もあるけど、美沙さんがいるから頑張れる」って言ってくれたときは、思わず涙が出ました。そういう一言が、本当にすべての原動力になります。
青木:きっとその選手にとっても、美沙さんの存在は心の支えになっていたと思いますよ。
三枝:だとしたら嬉しいですね。トレーナーは“影の存在”かもしれませんが、その影があるから光が映える、そんな存在でいたいなと日々思っています。
■支える立場だからこそ、「信じて、任せる」
青木:選手を支える中で、意識しているスタンスや考え方があれば教えてください。
三枝:私はいつも、「正解は一つじゃない」という前提で向き合うようにしています。同じ怪我でも、その人の体質、性格、置かれている状況によって、必要なアプローチは変わるからです。教科書通りのリハビリが正しいとは限らないし、何より選手本人が納得して前に進める形を一緒に探していくことが大切だと思っています。
それに、私たちはつい“良かれと思って”助けたくなってしまうのですが、時には一歩引いて見守る勇気も必要だと感じています。選手自身が「自分で決めて、自分で乗り越えた」と思える経験は、その後のキャリアでも大きな財産になるからです。
青木:選手に任せるって、簡単そうに聞こえて難しいことですよね。特に大きな大会の直前とか、不安も大きいのでは?
三枝:本当にそうです。だからこそ、「任せる」と決めたときには、裏でこっそり最大限の準備をしておきます。たとえば、テーピングの種類を2パターン用意しておくとか、メンタル的に落ちている様子があれば、練習後にそっと話しかけて様子を確認するとか。
“全部を口に出さなくても、ちゃんと見ていてくれる人がいる”と思ってもらえる関係性をつくることが、私にとっての「支える」なんです。
青木:言葉だけじゃない支え方、ですね。信頼関係の深さを感じます。
三枝:はい。もちろん、選手が迷っているときや判断に困っているときは、しっかり背中を押します。でもそのときも、答えを押し付けるのではなく、「こういう選択肢もあるよ」「どっちを選んでも大丈夫だよ」というように、選手自身が決められるような環境づくりを意識しています。
信頼して任せるからこそ、選手も自分自身を信じられるようになる。その連鎖をつくっていくことが、私の大きな役目だと思っています。

■目標は、「怪我をしにくいチームづくり」
青木:日々のサポートの中で、特に力を入れている取り組みはありますか?
三枝:はい。やっぱり「怪我をしない身体をつくる」ことですね。怪我をしてから治すのではなく、怪我を未然に防ぐための身体づくりにもっと注力していきたいと思っています。そのためには、練習内容や生活リズム、栄養面までトータルで整える必要があります。
例えば、毎朝のチェックインで選手の体調や睡眠時間、前日の食事内容などを確認するようにしています。そのデータをもとに、コンディションの変化にいち早く気づいて、練習強度を微調整したり、必要があれば休養日を設けたりするようにしています。
青木:そこまで細かく見ているんですね。まさに“未然に防ぐ”という発想ですね。
三枝:そうなんです。怪我をしてしまったあとに「実は2〜3日前から違和感があって…」と話す選手は多いんです。でもその違和感に気づいたときには、もう手遅れだったりする。だからこそ、日常の中で選手の“ちょっとした変化”に気づけるようになることが、とても大切だと思っています。
それから、選手自身にも“自分の体に目を向ける習慣”をつけてもらうようにしています。たとえば毎週のストレッチ講座では、自分の可動域や柔軟性をチェックする方法を教えたり、「今日は左右差がないかな?」といった観察ポイントを伝えたりして、セルフケアへの意識を高める工夫をしています。
青木:なるほど。選手が自分自身の体を知ることで、怪我のリスクも減っていくんですね。
三枝:はい。自分の体を“なんとなく”じゃなく“ちゃんと”理解してもらうことが第一歩です。これはきっと、競技人生だけじゃなく、引退後の人生にとっても大切なことだと思うんです。
選手である前に、一人の人間として“健康であること”を守る。それが、アスレティックトレーナーとしての私の使命だと思っています。
■“陰の支え”がいるから、挑戦できる
青木:ここまでのお話を伺って、三枝さんの仕事が本当に多岐にわたっていることがよくわかりました。そんな中で、どんなときに「この仕事をやっていてよかった」と感じますか?
三枝:やっぱり、選手が自分らしくプレーしている姿を見る瞬間ですね。それだけで、全部報われる気がします。
以前ある選手に、「怪我をして、こんなに自分を見つめ直す時間になるとは思わなかった」と言われたことがあって。その選手は復帰までに時間がかかってしまったけれど、復帰戦で大活躍して、試合後に目を潤ませながら私のところに来てくれたんです。「ここまで来れたのは美沙さんのおかげ」と言ってくれたときは、思わず一緒に泣いちゃいました。
青木:涙が出るほど嬉しいですね……!その瞬間のために頑張っているんだろうなと感じます。
三枝:本当にそうですね。でも、その一瞬だけじゃなくて、日々の何気ないやり取りもすごく好きなんです。「今日は体調いいですよ」とか「昨日のごはん、教えてもらったメニューにしたらよく眠れました」とか、そういう小さなやりとりが、信頼の積み重ねにつながっていく。
アスレティックトレーナーって、選手が安心して“挑戦”できるように、後ろからそっと支える存在。そうやって支えた選手が、コートの上で笑っている姿を見ると、「あぁ、私はここにいていいんだな」って、胸を張れるんです。
青木:美沙さんの言葉には、現場で選手と共に過ごしてきた時間の重みが滲みますね。
三枝:ありがとうございます。トレーナーとしての誇りもありつつ、私はまだまだ成長中です。これからも、一緒に悩んだり笑ったりしながら、選手たちと歩んでいけたらいいなと思っています。
支えてくれる仲間やファンへの感謝を胸に、選手一人ひとりが自分らしく挑戦し続けられるように。
三枝美沙トレーナーの静かな情熱と温かいまなざしは、今日もチームの中で確かに息づいています。
▶ 次回は、フレッシュな感性とまっすぐな情熱でチームを明るく照らす存在——山本優香(Yuka Yamamoto)選手のインタビューをお届けします。どうぞお楽しみに。